(前回の続き~)
2005年正月のルノワールにて
それはこう考えたのです。
「世界的にも品質の高い有機栽培原料を使って、
日本でマーケティング・企画した世界最高峰の品質の製品を、
その生産ラインの中に国内外のハンディキャップのある人なども介在させ、
世界に販売していき、その利益をさらに福祉事業に還元していきたい」
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2001年。
当時私はコンサルティングの会社に勤めていました。
初めての子供ができ、3ヶ月たったある日。
息子に障害があることが分かったのです。
どのように成長していくのか、、
親が死んだらどうなるのか、、
その他いろいろなことも重なり、
将来への不安でいっぱいでした。
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時を経て、
2005年正月 茅場町のルノワールでの話題で。
「もうそろそろ、自分の使命というものを考えないといけない。」
「自分が存在して、自分がやるべき使命とは何なのか?」
色々なことが頭を巡りました。
今までの自分の経歴や、昔からやりたかったこと、そして将来の不安に向き合う活動、
運命的に自分しかできないこと、、、
ビジネスと福祉を融合できるような活動をライフワークとしたいきたい。
親としての何ともいえない将来への不安を、そのままビジネス活動につなげられ、
自ら不安をなくしていければ。
化粧品・ボディケア製品の世界では、福祉に向き合っていく
ねば塾や旧ボディショップといった事例もある。
自分の使命となりうるか。
「これだ」
それが私にとってはスタートだったのです。